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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

大使館員

                    ≪十一月二日≫      ―壱―



「手紙は来てないよ!」と言いながら、和智さんが大使館から出てきた。

曇りがちな毎日で、少々嫌になるがそんな中、大使館を訪れたのだ。

         俺「そうですか。ちょっと顔を出してきます。これから

          ヨーロッパを回るから、各国の大使館の住所も確認し

          ておかないといけないし・・。」

大使館のドアを開ける。

このドアを押すのも、もう四回目。

カウンターの奥には、大きな柱時計が置かれているのが目に留まるが、いっ

こうに動いている様子はなく、時計としての機能はまるで果していないとい

うのに、大きな顔をして、訪れてくる旅行者達を一番最初に迎える役目を果

しているようだ。

いつごろから、時計としての機能を止めてしまったのか、それとも、もとも

と飾り物としての存在だったのか、私にはわからない。

右サイドのカウンターには、日本を紹介する小雑誌が、何種類も積まれてい

る。

本棚には、洋書がぎっしりと並べられているが、どんな高価な本なのか知る

すべもない。

カウンターの左サイドには、現地採用の女性だろうか、事務机に座って、ペ

ンを握っている訳でもなく、書類を整理しているわけでもなし、コンパクト

とにらめっこの最中のようだ。

その奥には、かわいらしいと言ったらいいのか、日本的美人の女の子が、一

生懸命机に向って、なにやら忙しそうにペンを走らせている様子が見て取れ

る。

要するに、この部屋には、この二人の女性しかいないのである。

閉められたままの奥の扉の向こうには、大使がいるのだろうか。

いつ来ても閉められたままの部屋。

日本人女性が俺に気づいて、走らせていたペンを置いて、スクっ!と立ち上

がり、あの愛くるしい目で俺を見て笑った。

       事務員「おはようございます。」

         俺「こんにちわ。」

       事務員「何か?御用ですか。」

         俺「今日はちょっとお願いがあってきたんです。」

事務員さんが、カウンターの近くまで歩み寄ってきた。

       事務員「・・・・・・・・。」

         俺「実はこれから、ヨーロッパを回るんですが、各国の

          日本大使館の住所を知りたいのですが、教えてもらえ

          ますか?」

       事務員「どちらのですか?」

         俺「ロンドン・マドリッド・バンコック・・・・・。」

       事務員「三国だけですか?」

         俺「えっ・・・・ええ。」

       事務員「わかりました。ちょっと、お待ちください。」

机に戻り、タイプライターを引っ張り出してきて、キーをたたき始めた。

しばらく待っていると、使い古した用紙の裏に、3カ国の大使館の住所がきれ

いに書かれて渡してくれた。

       事務員「これで良いですか?」

         俺「これは、スペイン語で書かれているんですか?」

       事務員「そうです。スペインのマドリッドは、スペイン語が

          良いかと思いまして・・・・。」

         俺「ありがとうございました。助かりました。」

       事務員「どういたしまして。」

         俺「まだ一ヶ月は、ギリシャに滞在しますので、もし小

          包が届きましたら、よろしくお願いします。もう着い

          ても良い頃なんですが・・・。手紙には、Air Mailと

          書かれてあったんですがね~~。」

       事務員「たぶんまだ着かない所を見ますと、Sea Mailになっ

          ているかも知れませんね。以前にもそういう方がいら

          っしゃいまして・・・。」

そういうと、その時の小包を見せてくれたではないか。

       事務員「これですけど、着いてみると、Sea Mailだったんで

          すよ。受け取られずに、行ってしまわれたけど、一円

          でも不足していると、Air MailがSea Mailに変えられ

          てしまうんですね。大使館では、一年間だけお預かり

          するのですが、過ぎますと処理する事になっていま

          す。」

         俺「そうですか。また時々顔を見せますのでよろしくお

          願いします。」

       事務員「どうぞ!どうぞ!」

 感じの良い女性だ。
 
                      *

大使館を出ると、和智さんと玲子ちゃんが外で待っていてくれた。

      玲子ちゃん「緑のジーンズにあのバッグでしょ。交差点で見つ

           けたんだけど、大きな声を出すのもみっともないと

           思って・・・・・。」

三人で、シンタグマ広場に向って歩き出す。

      玲子ちゃん「東川さんは、これからどうするんですか?」

          俺「これから、ヨーロッパ・・・出来たら、全地域を

           回りたいんだけど。」

      玲子ちゃん「いつ日本に?」

          俺「そうだな、来年の五月頃には・・・と思ってんだ

           けど。」

      玲子ちゃん「良いな!私もヨーロッパ・・・・回りたいんだけ

           ど、先立つものがね!」

          俺「また来れば・・・・。」

      玲子ちゃん「そうね!今回は、連れてきて貰っているから、あ

           まり贅沢も言えないか。」

そう言って、笑った。

      玲子ちゃん「あたし、ジョセフにいったん戻るわ!多分二時頃

           までには行けると思うから。それじゃあ!」

走って、交差点を渡って行った。

彼女が立ち去った後、和智さんと二人で、本の話をしながら歩く。

       和智さん「原稿用紙300枚ぐらいで、単行本一冊出きるらしい

           んだよ。俺も始めて知ったんだけど・・・・。」

シンタグマ広場のカフェに腰を下ろし、コーヒーを啜りながら、今回のヒッ

チハイク競技大会の本の出版について、話が弾む。

       和智さん「女房の昼飯を買っていかなくちゃいけないから、

           俺いったんホテルに戻るよ!」

          俺「僕はまだ、しばらくここに居ますよ!また4時頃

           伺いますから。」

       和智さん「その頃には、玲子ちゃんも来てるよ、多

           分・・・・。」

 和智さんと、別れる。

                   *

二人と別れた後も、カフェに座りイラン国境あたりのノートを整理するが、

なかなか思うようにははかどらない。

この分じゃあ、日本に帰っても整理に一年以上かかりそうだ。

そう自分自身に、自問自答しながら、根気良くペンを走らせる。

        和智さん”どうしても、文章が平坦になるから、時々会話

            を入れたほうが良いよ。僕も出版社からそう言わ

            れて、会話を入れるようにしてるんだけど、なか

            なか良くなったって言ってくるよ!”

和智さんがアドバイスしてくれた事を思い出す。

会話と言っても、下手な英語でしゃべって、ペラペラの英語が返ってくるの

だから、半分以上は逞しい想像力で書くため、厄介ではある。

表現力の乏しさを、これほど痛切に感じた事は、今までなかった事。

これで少しは腕が上がるかも知れない。





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